2010年03月19日

語り得ぬもの。

「見る人それぞれが、それぞれに感じればいいんです」


たとえば、現代アートの解説書とか、アートについての入門的な講演会とか、、、そういう場で、「アートを見るときは肩の力を抜けば楽しいですよ」というニュアンスをこめて、よく言われる言葉だ。

でも、気持ちはわかるんだけど、私は昔からこの言い回しがすごくいやだった。

見た人がそれぞれの文脈で勝手に感じるだけでアート鑑賞が終わりなら、誰かと作品の感想を語っても深まらないし、作品の背景を知ったり、制作の現場に思いをはせたり、、、、、そんな、アートを見る楽しみの4分の3ぐらいが、「それぞれに感じればいい」と言われた瞬間に、失せてしまうような気がするのだ。

なにより、この言葉は、語る側にも、見る側にも、それ以上アートについて知ろう・深めようとする気をなくさせる、魔法のフレーズなので。



さて、一部ではずいぶん話題になっていた本らしいのだけど、今日ようやく読み終えた。

『音楽の聴き方』岡田暁生(2009年 中公新書)

岡田さんの本は、『西洋音楽史』(中公新書)を読んで、とても面白かったのでこの作品も買ってみたのだけど、いやいや、『音楽の聴き方』は、それをはるかに超えるすごい本だった。

何がすごいって、「語り得ぬものについては沈黙「してはいけない」」という、その態度である。

ヴィトゲンシュタインという哲学者の有名なフレーズに、「語り得ぬものについては沈黙しなくてはならない」というのがある。「語れないことについては語らない」という節度をもつべきだ、ということで、音楽やアートなどを語るときにも時々引用される。
(この言葉を聴くと、いつも孔子の「怪力乱神を語らず」を連想するのだけど、それはまた別の話。)

確かに音楽はもともと言葉にはできないわけで、だから「音楽をあれこれ理屈で語っちゃ興ざめだ」と言われると一瞬正しいような気もしてしまうのだけど、岡田さんは、だからって沈黙しちゃいけない、と主張する。

岡田さんによれば、特にクラシック音楽は、批評と音楽が車輪の両輪みたいなもので、作者も言語化を前提に作ってきたし、また批評することでその音楽はより深く理解できる、というのだ。

「聴いて楽しければいいんです」、という言い回しには、落とし穴がある。音楽には、必ず語学で言う文法みたいなものが必ずあるし、演奏家は当然それを前提に演奏をしている。
だから、聞き手がそのルールを知っているか否かでは、楽しみ方が全然違ってくるのだ。
何も知らずにポンと聴くだけでも楽しいんだけど、知ればさらに楽しいというあたりまえのことが、豊富な事例を挙げて例証されている。

読んでいると、この本の射程はクラシック音楽だけでなく、ジャズ、ワールドミュージックや、アート、ファッションにまで届くことがわかる。

アートやファッションや、、、、、自分の好きなものがもっと好きになるきっかけになるかもしれない、刺激的な本だ。


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Posted by しぞーか式。 at 22:17│Comments(2)しぞーかでアート
この記事へのコメント
>それぞれに感じればいい

芸術を一般大衆に普及・消費させる時によく使われる言ですね.
ただ,こだわり人にとっては,「ちょっとまった」の言ですね.

制作というのは,作者の「こだわり」から始まる,と,私は考えているので,無責任に流すより,多少ヒステリーな説得や,過剰な説明といった,何かひっかかるものが残った方が必然かと思います.

でも,可能な限り,散らかさない様にパッケージング(言語化)してもらえると尚良いです.そもそも「落ち」がないとだめな人にはなおさらなんでしょうね.

「作品」っていう成果物が生成されるまでのプロセスや,因果関係が分かった方が,咀嚼しがいがあって,楽しいですよね.
Posted by FLOY at 2010年03月20日 17:43
実作をする方に同意していただけると心強いです。

書き漏らしたのですが、上記の本のなかでもう一つ心に残った点は、「下手でもいいから楽器を習ってみると、音楽を聞くのがなお楽しくなる」というサジェスチョンでした。
人に聞かせるようになる必要はない。でも、楽器を触ってみると、演奏でどういう事が難しくて、プロはそれをどうこなしているかが見えてくる、聞き分けられるようになる、ということだそうです。

こちらの方も、アートの分野で応用できそうですね。
Posted by しぞーか式。 at 2010年03月20日 22:44
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    コメント(2)